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展覧会めも

 

2017/04/18(火)~2017/05/07(日)

www.japandesign.ne.jp

 

2017/04/24(月)~2017/04/30(日)

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■2017/04/22(土)~2017/07/02(日)

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2017/03/11(土)~2017/06/18(日)

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2017年4 月19日(水)〜30日(日)

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■2017/04/28(金)~2017/04/30(日)

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■2017年2月22日(水)〜2017年5月22日(月)

kusama2017.jp

 

夫のちんぽが入らない

『夫のちんぽが入らない』を読んだ。

昨日東京タラレバ娘の最新刊と一緒に買って、電車に乗ってとりあえずタラレバから読んだ。

覚悟を決めて読み始めたらずっと読んでしまって、家に帰ってからもごはんを食べながら夢中で読んで、3時間くらいで読み切ってしまった。

 

一言で言うと、辛かった。

 

私はちんぽが入ったことがない。

男性とは初めて中学3年生の時に付き合って、それから25歳まで8人とお付き合いした。

(半分は半年以内に別れている)

男の人と同棲もした、3年間一緒に住んだ。

付き合ってない男性と一夜を過ごしたことも何回かある。

でも私はちんぽが入ったことがない。

 

昔は性嫌悪が少なからずあって、そういった行為の後に自分のことが受け入れられず泣いたこともあった。

膣は濡れないし、状況に集中できない興奮できなかった。

痛かった。

みんな普通にしてることをどうしてできないんだろうと思った。

虚しかった。

そんな辛かった日々の記憶が押し寄せてきた。

他の人の前ではその事実を受け入れてるつもりでも、やっぱり自分のせいだと思ったし、(というかそうだし)

入れられないメンタル、入れられない体、どうして自分は、と思った。

今も少しは思ってる。

 

ちんぽが入れられないことでいいこともあった。

付き合ってない人と一緒に眠るとき。

自分を消費してるという気持ちがない。

ちんぽ入れられないのに一緒に寝てくれたり優しくしてくれる、その人の下心のない優しさだと受け入れられた。

私はちんぽを入れないだけじゃなくてほぼ触らなかったし見なかった。

 

私は長くお付き合いした人と別れた後、3人の男性とお付き合いしてセックスができず別れたとき決めたのだ。

「大好きな人としか付き合わないし、セックスもしない」

 

自分語りになってしまった。

私はこの本を読んで少しでも自分が救われると思った。

自分以外にも同じ人がいる。

でも違った。

彼女の苦しみは夫のちんぽが入らないだけではなくて、それがまた苦しかった。

しかも彼女は夫のちんぽが入らないだけで、他の人とは性行為ができた。

 

ただ苦しく、出口のない話だった。

小説じゃないのでしょうがないけれど、なにも解決せず、こだまさんも救われず終わった、終わったというか、彼女の生活は続いている、あのまま。

彼女は誰にも相談しない。

私はいつも誰かに聞いてもらおうと、それで救われようとしているのに。

読んでいて、ずっと誰かに感情をぶつければいいのに、と思った。

でもそれで私がいい方向にいったわけじゃない、人それぞれの生き方なのだ。

 

私は今ではそこまでの性嫌悪もないし、そういうことは嫌いではないし、

膣も前よりは濡れてくれるし、集中力も高まった。

このままいけば晴れて処女ではなくなるんじゃないかと思う。

この本を読むまで、自分がものすごく虚しくて悲しかったことを忘れていた。

 

私はこの本を読んで少しでも自分が救われると思った。

自分以外にも同じ人がいる。

 

とさっき書いたけれど、『きょうは会社休みます。』を読んだときも思った。

でもあれは33まで男性経験のない女がイケメンに惚れられるという少女漫画の恐ろしい都合のいい展開で、セックスもあっさり終わるという共感もなにもない漫画で悲しかった。

 

 

私はまだセックスを諦められません。

 

 

 

 

www.fusosha.co.jp

記録

最近自分を振り返ろうといろいろ分析系をやってみました。

そこでメンタルがやられ、無事にメンタルがお亡くなりになる事態に。

実にバカ。

 

とりあえずやった3つの診断結果を。

最後のはリンクがはれなかったので画像で。

 

shining.main.jp

 

エゴグラムによる性格診断結果

 

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↑昨日と結果がちがうけれど、こちらのほうが近い、気がする。

 

うむ。

今は自分を受け入れるところからはじめないといけないな、とりあえず。

自己否定してもなにも生まれないね。

傷つけて傷つけられて生きてるもの。

そのバランスがよくなるといいな、私といて人が傷つかないことが多い方がいいけれど。

 

人のこと受け入れようとしすぎてとても疲れて、逆に言いたいこと言ってたんだけど、

それはそれで疲れてどうしようもなくなってしまっていた最近でした。

 

心が曇っている

ここ何日か、心が曇っている。

実は病院に行ってない、用事があってどうしても行けなかった1回、寝坊して担当の先生の診察時間が過ぎていた2回、そこからなんとなく足が動かなくなった、気づいたら1ヶ月。

よくないですね、実に良くない。

なんか調子いいからまあいっか、と思ってたんですよ、でも、ダメですねこれは。

私は適応障害からの抑うつ神経症を舐め過ぎていた。

別にお弁当もつくれるし、映画だって見れた、部屋ちょっと汚い時期もあったけど今は綺麗。だから大丈夫、と思ってたけど、あ、これはだめですわ。

休んで病院行ったほうがいいレベル。かも。

金曜日行こうかな。

 

心が敏感になってるんです。

誰かの言葉が、自分に向かってるんじゃないかと思ったり、

(実際に向かってる可能性も全然ある。)

少しの言葉に傷ついたり、

逆に人にすごく冷たくしたり感情的になったり。

昔言われたやられた嫌なこと、思い出して自信なくなったりイライラしたり。

しんどい、ちゃんと管理しなければ。

自分でコントロールできる時期じゃないのに、コントロールしようとしてできなくて自己嫌悪のループ。馬鹿みたいだ。

たぶん、ツイッターも今やめたほうがいいくらいだし、でもすることないし、誰かと関わっていたいと思ってしまう、やめられないね。

関わっているのやめたほうがいいなと思う人もいるけれど、でも好きだなとも思うし。

なんの決断もだせないままぐるぐるしている。

ここから抜け出して、太陽を見たいのだけど。

 

とりあえず、金曜日、病院行ってきます。

人生迷子🐑

とにかく私は気が強い。

いつからこんなに気が強くなったんだろう、とにかく負けず嫌いでプライドも高い。

気の強い私の友達たちはもっと気が強い。

気が強いことをなんのコンプレックスに思ったこともなく、弱いよりは強い方がいいでしょ、くらいで生きてきたんだけれども、最近ちょっと違うなあと思い始めた。


私は美大をでて、デザイナーになってわりと有名事務所でて広告代理店でて、それなりのスキルがあったからプライドが高くても気が強くても箔がついたのだけど。。

バリバリ働く友達たちは学生の時よりも気が強くなって、でもサマになってかっこいい。


でも私は、今は、今は、うつ病治療中(よくなってきてるけど)の派遣OLなんですよ。

派遣のOLが気が強くて、プライド高くてなんになると言うのか。

私の手にはなにもないのに!

ほんわかしてる女の子なんて周りに1人もいないからなにを参考にして生きればいいのか、わからないし。

そもそもほんわかしたいのか?

そして美大をせっかく出たのに…鬱になんかなって…という気持ちが頭の中でぐるぐるしている。

過去の大したことない自分がぐるぐるしている、私もっとできると思ってたのに。


こういう悩みは無意味だし自分らしく生きれたらいいや、という気持ちにもなる。

デザイナーやりたきゃまたやればいいし、でも、できなかったら…

とにかくもっともっと柔らかくなって、男の人にモテて、少し養ってもらいたいのかなあ。

養ってもらう、という気持ちが自分になさすぎて、あんまり働けない自分ならあんまり働けない人と、しっかり働く自分ならしっかり働く人と…となぜか考えてしまうのよね。


目的もなく、なりたい女性像もなく、ただだらだらと日々を浪費して、しんどいなあという今日このごろ。



LA LA LAND

すごく久しぶりのブログ。

人生のらりくらりと生きて、仕事辞めて彼氏と別れて仕事始めて、という今日この頃です。


いま公開中のLA LA LAND、私にはとてもハマったのでLA LA LANDについて書いてみようと思います。

ネタバレ含む。


LA LA LANDは恋愛映画でミュージカル映画、その色彩で観る前から絶対に好きだと思ってとても楽しみにしていて、観てみて、あー、やっぱり好きでした。

ミュージカル映画といいつつもあまりミュージカル要素は少ないから、本当にミュージカル映画が好きな人は期待外れ感は否めないと思う。


どこがそんなにハマったの?というと、過去の恋愛と当てはめて共感した、というところが一番だと思うのだけど、私が大切に大切にしている思い出が、見事に映画として凝縮された、 そんな作品でした。

たぶんその辺にある大堂のラブストーリーなんだけれども。

恋というものは素晴らしいものだと改めて思わせてくれた。


ああ恋の始まりって、こうやって、相手に夢中になって、なにをしていても楽しくて、これこそが恋だよな、と。

恋のワクワクを素直に描いていた。

映画に出てきたグリフィス天文台に行くのも、こそこそ遊ぶのも。こういうことしたら恋に落ちるのよ、そうよって思った。

2人だけで共有できるスリルは恋になる。


セバスチャンの「きみは不遇の俺を愛したんだ」みたいな台詞があったけれど、冷静に見たらミアもセバスチャンも同じような花咲かない夢見人だけれど、好きが故に相手をものすごく上に見てしまったり。

影響しあって尊敬し合うカップルの陥りがちな被害妄想。

当時の彼は私にそう思っていたし。

私はそう思ってるのかなって気まずかった。セバスチャンが夢を変えてバンドを始めた時も、本当の夢から目を逸らして、弱虫。そういうところが彼にもあった。


ミアは紆余曲折あって夢を掴む、愛してるよと言い合う2人。はあ〜〜〜

これからどうなるかわからないけれど、たぶん一生大切な人だよって。


結局ミアは他の人と結婚して子供ができて。

あの回想シーンはきっと2人のもう一つの夢だったんだろうな。

リアルな描写から、会ってない間の曖昧な抽象的なシーン、そしてはっきりとした家族像。

セバスチャンはずっと引き出しからミアの思い出を出してはしまって、そうやって生きてきたんだと思う。

たぶんミアはいい思い出として、棚の奥の方にずっとしまってた。


旦那さんとセブスに入るときは腕を組んで、音楽を聴くときも浸って。

回想シーンの中の、セバスチャンと入るときは手をつないでずっとイチャイチャして。

差に私はグッときました。


私はずっと引きずってる彼が結婚して、最近子供ができて。

わたしはセバスチャンのようにずっと引き出しからたまに出してはその思い出を味わっているんだけど、彼はミアのように棚の奥の方に大事にしまってくれてたらいいなあとか。

そんなことを思いました。

LA LA LANDは、自分のあの大切な恋の理想の形で、私のあの恋も、美しいものでありたいなと思うのです。


でも私は、もう一度運命の恋をしたい!



私の男

昨日今日で、小説『私の男』を読みました。


しばらく小説は全然読んでいなかったのだけれど、最近また読み始めた。

この前は窓の魚、夏の庭、あとはなんか角田光代の。


本屋さんにあって、映画も見てみたいしだれかが好きな小説だと言っていたのを思い出して、買った。

もうタイトルからして湿っぽいエロい情緒的な小説なんだろうと思っていたけれど、こんなこんな辛い、ただ辛い話だったとは。


理解できない思考というのは恐ろしいし、興味深い。

親子の縁だとか血の繋がりだとかを、わたしは人には薄情だと思われるくらいに大切なものだとは思わないのだけど、でてくる2人はそこに固執していた。

花は固執するようにされてしまった、というのが近いかもしれない。けれど文中の、人を殺してしまう人間は普通じゃない、という記述から、もともとそういう人間だったのかもしれないとも思った。

幼い花は、性交して繋がらないと、親子の縁が血が途絶えてしまうと思ったのだろうか。人に対する執着と愛を、わたしは今後も感じないのだろうか。

9歳の女の子と性交しようとするおとうさんがとにかく気持ちが悪くて、なにもわからない花が気の毒に思えてぞわぞわした。

淳悟の物語がもっと読みたかった。わからないことを解明したい。

なにを思って、引き取ったのか。なにを思って性交したのか、好きというのはどういう気持ちだったのか。


まずは映画を早く見ようと思う。

とにかく物語を遡りすすめたくてずんずんと読んでいったので細かいところや言い回しは覚えてない。読み返すのもしばらくはしんどいかなあと思う。でも読みたいなあとも思う。

こんなに続きが読みたくなる本は久しぶりだった。